池江 24日出陣 日大水泳部・上野監督がエール
「ここから息の長い選手として、まずは決勝進出を」
https://news.yahoo.co.jp/articles/2429413f34e037d66f9fd271e6afbf743904a7ea 競泳日本代表の池江璃花子(21=ルネサンス)は24日の女子400メートルリレー予選に登場する。
白血病から復帰して挑む2度目の五輪はリレー種目のみの出場。家族や所属のコーチ、スタッフらと
一緒に復帰を支えた日大水泳部の上野広治監督(62)が病気の発症から現在までを振り返り、教え子にエールを送った。
1年前イベントに参加した時を振り返って、本人は五輪出場を「考えられなかった」と話していたが、私も同じ気持ちだった。
周りから「最終日の聖火ランナーに」という声も上がっていたし、何か五輪に携わってほしいと願っていたが、
まさか選手として出場するとは思っていなかった。本当に夢のようだ。
病気が分かったのは大学入学前の19年2月。1月半ばの記録会であまりにもタイムが悪くて心配したが、
最初は年末の高地合宿の疲れや、プールの環境が十分に整っておらずウオーミングアップができなかったことが
影響したのかな程度に思っていた。その後合宿したオーストラリアでも体調はよくならなかった。
現地の病院に行ったが、原因は分からず、合宿を切り上げて、1人で帰国させた。朝5時に羽田空港に車で迎えに行き
、そのまま病院へ連れて行って検査をすると、その日の夜には白血病だと伝えられた。
正直、このまま泳がなくなるのではないかと思った。最初、医者には2年間は水に入れないと言われた。
大学3年生になって水泳を再開できるかどうかだと。病状は一時、本当に苦しい時があった。我々も面会できなかった。
相当きつかったと思う。ただある時から治療がうまくいくようになり、1年生の12月に退院できた。
翌年の3月に初めてプールに入った。本当に泳いでいいのか、免疫力が落ちているところで菌のいるプールの水に
顔をつけていいのか。再発のことも含めて最初は心配だらけで、指導者としても手探りだった。とにかく
無理させないことだけを考えていた。そんなところから1年ちょっとで代表に戻ってきた。こんなことがあるのかと思う。
元々泳ぎは天才的だが、精神力が強い。神懸かっていると思う。
プールに戻ってきたばかりの頃、体重は12キロぐらい落ちていたが、「いらないもの、余分な筋肉がなくなった」
「ゼロから必要なものをつけていこう」と話していたのが印象に残っている。前向きなのだ。勉強もずっと大学に
通えなかったが、1年生の1月からはほぼ毎日来て特別授業を受けていた。2年生の終わりにはほぼ追いついた。
24年パリ五輪では個人種目で、メダル獲得を目標に掲げている。アジア大会でMVPを獲得した時も事前に宣言していたが
、先に言って達成するのは(五輪男子平泳ぎ金メダリストの)北島康介と同じだ。集中力の高さやオンとオフの切り替えの
うまさも似ている。ここから息の長い選手として活躍してくれると思う。
今回はリレーだけの出場だが、初日の400メートルリレーでは日本は8~10番手。まずは決勝に進むこと。決勝になれば、
リレーは何が起こるか分からない。日本記録を出して決勝に進み、日本チームに勢いをつけてほしい。(日大水泳部監督)
◇上野 広治(うえの・こうじ)1959年(昭34)4月20日生まれ、東京都出身の62歳。日大卒。97年から競泳日本代表の強化に携わり、
五輪では00年シドニー、04年アテネでヘッドコーチ、08年北京、12年ロンドンは監督を務めた。日本水泳連盟副会長。日大スポーツ科学部教授。