新しい薬とは生物学的製剤と呼ばれる「レミケード」のことであり、検査後に2時間半にわたり点滴で投与していた。
安倍の声は極めて不安げだった。私は思わず、退陣を思い留まるべきだと直言した。
「あまり私を煽らないで。今日は睡眠剤を飲んで、よく眠ることにするよ」
安倍は、それだけ言うと電話を切ってしまった。すぐさま、激しい反省の念が込み上げてきた。
13年前、安倍が退陣の可能性をほのめかした際、私は内閣改造を断行すべきとの意見を伝えた。それがかえって安倍の悩みを深めたようで、明らかに記者の領分を踏み越えた発言だった。以来自分を「私は当事者ではない。一記者に過ぎない」と戒めてきたはずだった。
一時的に体調の改善は見られたものの結局、安倍は8月28日に退陣を表明する。新型コロナの感染拡大がピークアウトし、臨時国会で新たな首相が対応できるよう逆算して退陣のタイミングを計った。そこには「投げ出し」と批判された第一次政権の反省を徹底的に踏まえ、後進への道筋をつけることに腐心した形跡が見て取れた。